全国金融共闘は9月4日~5日、箱根で泊まり込み幹事会を開催し各単産の活動を報告し交流しました。ここでは全農協労連、全損保からの報告を紹介します。
日本の食料自給率は現在37%程度で6割以上を輸入に頼っています。これは、1960年の日米安保条約改定でアメリカからの外圧が強まり様々な輸入自由化の結果です。さらには、1995年にWTOが創設され、日本はWTOの協議でミニマムアクセス米を受け入れ、今でも毎年77万トン輸入しています。
WTOはグローバル・アグリ企業がどこの国でも統一的なルールをめざしたものですが、発展途上国にとって有益でないことや、非民主的な運営への批判も強まり、日本でも全国食健連などがWTOに反対する運動に取り組みました。こうした運動で1999年にWTOはとん挫し、グローバル・アグリ企業は2国間や地域間の個別の貿易協定に舵を切りました。国内では現在、農業の成長産業化が推進され、AIやドローン、無人のトラクターなどを活用した新たな農業分野への企業参入が広がっています。
農協事業の利用をめぐっては農家組合員よりも準組合員の方が多くなっていますが、規制改革推進会議はこの準組合員の利用に規制をかけようと狙いました。しかし、この間各地で広げた運動によって断念させました。
一方、指導的な役割を果たしている中央会制度が廃止され、「JAバンクがあるのだから金融庁管轄にするべき」とされ、公認会計士監査が義務付けられました。公認会計士監査では、赤字部門とされる農業生産部門(経済事業)の黒字化が求められ、農協組織自らがリストラ合理化、合併、別会社化を余儀なくされています。
以前は1万以上の農協がありましたのが、今では551にまで減らされています。メインバンクである農林中金は様々な約束事をクリアしなければ金融店舗として認めないとし、さらには、現在のマイナス金利政策が支所、支店の統廃合につながり農家組合員の農協離れが加速しています。
農協職員数も大きく減って慢性的な人員不足と過重労働、個人に対する目標・ノルマが大きな問題になっています。ノルマ追及の厳しさが中途退職の原因になり、共済目標をクリアするために「自爆」する職員も多くいます。こうしたことから、働きがい、やりがいが奪われかねない状況になっています。全農協労連は、働き続けることのできる職場、農家組合員と接しながらやりがいの持てる職場の実現を目指して取り組んでいるところです。
農業と農協つぶしに対抗して、国民的な運動にしていこうとスローガンを掲げて、2017年には全労連、農民連、新婦人、自治労連、生協労連、食健連とともに共同アピールに基づいて運動を広げてきました。2022年春闘では、賃金を改善した単組で最低賃金が上がることが職場の賃金に影響を与えると実感できています。社会的な運動を広げることが自分たちにかかわってくることを実感した仲間と、地域農業と農業問題に取り組むことが大事だと確認しています。
農業つぶし・農協解体攻撃が食料自給率37%まで下がった要因だと考え、職場のたたかいを社会的な運動に広げていくことに取り組んでいます。
1996年に日米保険協議が合意し、1998年7月1日に、損保料率が自由化されました。それまでは基本的にどの会社も同じ商品を売っていました。それが自由化され、保険の料率と代理店の手数料率が全て自由化されました。各社は統合・合併して規模を大きくして事業費率を引き下げ、料率競争が激化するなか、企業分野の保険料率を徹底的に引き下げましたが、大衆分野では細分化で、契約によっては保険料の引き上げもおこなわれました。
自由化後の5年間で、損保全体の人件費が当時シェア1位だった東京海上1社分に匹敵する1328億円削減され、従業員数は10万人から8万5千人に削減され、営業店舗数はほぼ半分になっています。代理店数も1996年度から2001年度までで半減しています。具体的には、1999年10月に興亜火災、日本火災、三井海上が持ち株会社による統合を発表。2000年2月に三井海上が3社統合から離脱して、住友海上との合併を発表し、資本系列と関係なく合併再編がすすめられていきました。2000年に千代田火災と日産火災で希望退職募集が行われて以降、ほぼ全社で希望退職募集が実施されました。希望退職とは名ばかりで、退職強要に近いものですから、対象者には数度にわたる個人面談が実施され、退職に追い込まれていきました。
経営が統合・合併を発表後、労働組合の組織問題がまず多く起こり、全損保から引き離された組合員が数多くいます。経営として統合・合併に際しては、労働組合が大きな課題であったことは明らかです。
また、料率引き下げ競争は、商品・特約の乱開発・乱売競争につながりました。その結果、保険金の不払い・保険料取り過ぎ問題を引き起こしました。払われるべき保険金の一部不払いが莫大な額に達し、2005年11月に損保26社全社に業務改善命令が出されました。さらには、火災保険料の取り過ぎ問題も起きるなど、損保産業の信用が滅失しました。
こうした時代、全損保がとりくんだ「一人一言」集には、「顧客第一主義はどこに行ったのか」「誇りがなくなった」という声が出されています。また、成果型賃金体系の拡大によって、働きがいも喪失しました。具体的には、年俸制が導入され生活関連の手当の多くが廃止され、会社業績で臨給が決定されるという仕組みが導入されたことで、短期的な成果が求められ、要員が徹底して削減されたことから、先輩が後輩に教える余裕すらなくなっていきました。当時の春闘アンケートには「賃金より(職場に)人がほしい」という声が多く出され、同時に「共通したゆがみを話し合える場が必要だ」と労働組合が大事だという声も高まりました。
では、全損保としてどう向き合っているのか。何を大事にしてきたのか。職場がギスギスして会話も少なくなっている今、労働組合の場に「集まって、語り合って、励まし合う」ことの大切さを実感しています。今年開催したサマージャンボリーや、全損保70周年記念のシンポジウムなどこの2~3年の間のとりくみの感想文を見ると、そうしたとりくみが求められていることは明らかになっています。今後も、全損保は「集まって語り合う」場を大切に運動をすすめていきます。